文献要約

International Review of Applied Psychology Vol.29, 1980,  pp.141-158
"Linguistic behaviour and adjustment of immigrant children 
in French and English schools in Montreal"
Joti K Bhatnagar

モントリオールのフランス語又は英語を使って教える学校で学ぶ
移民の子供達の言語行動と適応の関係について
Joti K Bhatnagar


<概略>

 1960年代から70年代初期にかけて、比較的未開発な国からヨーロッパの都心部や北アメリカへの移住そしてそれに伴う移民子供人口の増加が著しく見られた。これらの子供達は大半が母国語つまり受け入れ側から見れば外国語を使用するので、新たに補助的な言語指導が取り入れられた。移住先での言語を流暢に駆使できるようになればそれに伴い彼等の社会的、情動的そして教育的適応もなされるという希望的観測に基づいた施策であった。しかし、本当に移民の子供達の言語行動と適応の間にこのような関係があるのだろうか。母国語維持が移住先での社会的適応にブレーキをかけるのか否か、母国語維持に伴う心理学的影響を実験的データで証明した研究は未だなく、今回の実験がそのギャップを埋めてくれるものになるであろう。

<先行研究>

 バイリンガリズムと認知能力との関係を調べた研究は1900年代初期に遡る。初期の研究結果では、バイリンガリズムが知能テストでモノリンガルより低い点をとっており、知能とバイリンガリズムとは強い負の関係にあるとされていた。よってバイリンガリズムは教育的にも社会的にも評価されなかった (Arsenian, 1945)。その後、Darcy (1953) が、バイリンガリズムは認知能力を言語知能テストで測定されると正当に評価されないという見解を提唱し、Peal & Lambert (1962) の画期的研究へとつながった。Lambert (1975) は、バイリンガリズムと認知能力の負の関係を提示した初期の研究は多くの重要な変数をコントロールしていなかったとしてその非妥当性を指摘した。Peal & Lambert (1962) はそれまでのバイリンガリズムと認知能力の負の関係を否定し、逆に正の関係を支持する仮説をうちたてた。そして彼等の実験では、非言語的また言語的テストの両方に於いてバイリンガルの方がモノリンガルより高得点をマークした。これら北アメリカ大陸で行われた研究結果は、シンガポール (Torrance et al., 1970)、南アフリカ (Inaco-Worrall, 1972)、スイス (Balkan, 1970)、そしてイスラエル (Ben-Zeev, 1977) の研究者達によって支持された。これらの結果を移住した子供達にあてはめて考えると、バイリンガルつまり母国語を維持し第二言語も習得した子供達は、モノリンガルの子供達より高レベルの認知的技術を駆使し、学業成績を修めるだろうと考えられる。
 バイリンガルの定義については、Lambert (1975) が additive form of bilingual と subtractive form とを区別している。Additive form では、第一言語に加えて新たな言語と文化が習得され、 subtractive form では、新しい言語と文化を習得するにつれて、徐々に第一言語と文化的背景が失われてゆく。筆者はこれに加えて、retractive kind of bilingual として、心理的には新文化を受け入れない者が社会的に仕方なく新しい言語と文化を習得するが、折に触れて自文化に戻ろうとするバイリンガルを挙げている。
 筆者は、これら三種類の言語行動を変数として、カナダに移住したイタリア人の子供達のなかで従属変数(学業成績、言語発達、社会性など)に違いがあるかどうかを調べることにより、言語行動が及ぼす影響を実験的に研究する。

<方法>

   対象者は345人の英語話者(171人が移住した子供、174人がコントロール)と204人のフランス語話者(102人が移住した子供、102人がコントロール)で、モントリオールの北東に位置する区域にある小学校のうち6校の英語校からそして7校のフランス語校から抽出された。全ての移住者はイタリア系であり、年齢、IQ、社会経済的地位はコントロールされた。
 従属変数として、平均成績、英語又はフランス語の達成度、英語又はフランス語を流暢に喋ることが出来るかどうか、スポーツや余暇への参加、スポーツや余暇での達成度、仲間との交わり、仲間内での人気度、そして授業への参加度が挙げられる。これらの変数を5ポイントスケールにして、担当教員が、学校でとった記録と自らの観察に基づいて評価した。小学校の時点では、生徒達は学校生活の大半を一人の担当教員と過ごすので、教員は生徒達の学業面だけでなく社会的行動面に於いても把握することができる。
 半構成化させた面接に於いては、様々なレベルの家族的そして社会的交流の場でコミュニケーション言語がどのように変わるかを次の5つの状況下で調べた:1)親と喋っている時;2)兄弟/姉妹と喋っている時;3)学校で友達と喋る時;4)家族の友人と喋る時;そして5)親が家族の友人と喋る時。子供達が決まった社会的状況でその言語を使ったかどうかを"しばしば"、"時々"、"たまに"、そして"全然"の4つの項目に分類し、はっきりと "たまに" 又は "全然" と答えた場合には、その状況でのその言語の使用はなかったものとみなした。この5つの状況下で子供達又は親が喋る言語を、前に挙げた3つの言語行動の項目[Subtractive:カナダ語(カナダで使用されている英語又はフランス語のことを指す)を主に使用;retractive: 母語を主に使用;additive: 母語とカナダ語を混ぜて使用]に分類し、従属変数に差違が生じるかを調べた。

<結果>

 1)親と喋る言語
 英語校とフランス語校共に、カナダ語(英語又はフランス語)を主に使用した子供の割合は25%前後で、母語(イタリア語)を使用した子供が50%強を占め、そして母語とカナダ語を混ぜて喋った子供(二言語混合組)が25%弱いた。これら3組の内、二言語混合組が全ての従属変数に於いて他の組の子供達より高い平均値をマークした。次いでカナダ語組が、そして一番低い平均値を記録したのが母語組であった。
 2)兄弟姉妹と喋る言語
 英語校とフランス語校共に、カナダ語を主に使用した子供の割合は約2/3で、母語を使用した子供が約1/6、そして二言語混合組が1/5前後いた。これら3組の内、二言語混合組が全ての従属変数に於いて他の組の子供達より高い平均値をマークし、次いでカナダ語組が、そして母語組が一番低い平均値を記録した。3組間の平均値の差違は、例外なく全ての従属変数に於いて有意であった。
 3)学校の友達と喋る言語
 英語校とフランス語校共に、カナダ語を主に使用した子供の割合は2/3強で、母語とカナダ語を混ぜて喋った子供が1/3弱いた。母語を使用した子供は英語校で2.3%そしてフランス語校で0%であり、少数であることから分析対象外となった。結果は上記のケースと同様に二言語混合組が常にカナダ語組より高い平均値をマークした。
 4)家族の友人と喋る言語
 英語校とフランス語校の生徒がとる言語行動の違いが初めて有意差となった(1%レベル)。英語校ではカナダ語、母語、両言語を使用する子供の割合がそれぞれ11.1%、61.4%、27.5%であるのに対して、フランス語校では39.2%、33.3%、27.5%となり、カナダ語(フランス語)を使用する子供の割合が大きかった。二言語混合組と母語組の間で有意差が認められたのは英語校で”スポーツや余暇への参加”、”学友との交わり”そして”授業への参加度”の3変数で、フランス語校では”スポーツや余暇への参加”を除く2変数に於いてであった。その内英語校の”学友との交わり”に於いては3組間で有意差がみられ、二言語混合組に次いでカナダ語組そして母語組が位置した。
 5)親が家族の友人と喋る言語
 4)と同様に、親が友人と喋る際には、英語校の生徒の親の場合は母語(71.9%)か二言語混合(22.2%)が大半を占めるのに対して、フランス語校の生徒の親はカナダ語(41.2%)を使用する割合が比較的大きくその分母語を使用する割合(36.3%)が小さくなっている。従属変数に於ける有意差はみられなかった。

<考察>

 結果は二言語を状況に応じて使い分けている二言語混合組が優位に位置するものとなり、Lambert 達が提唱した” additive form of bilingual が一番望ましい言語的かつ文化的形態である”という結論を支持することになった。これは、移住先の言語を習得するにつれてより良い文化適応がなされるという既存の言語行動と適応の前提関係を否定するものであり、母語維持が additive form の方向性でなされる限りバイリンガルであることがより成熟した学業達成、第二言語の習得そして社会性につながると言えそうである。この考えはアメリカやカナダで行われている bilingual and bicultural programmes にも取り入れられている。だが今のところカナダに於ける少数民族のための言語教育の研究は進んでおらず、現在小規模で非公式のレベルでのプログラムが軌道に乗り始めたばかりである。今後のこの分野での研究は急を要するところである。



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