Language Processing in Bilingual Children (edited by E. Bialystok),
Cambridge University Press, 1991,
"Interdependence of first- and second-language proficiency
in bilingual children" pp.70-89
Jim Cummins
バイリンガル児童・生徒における
第一言語(L1)と第二言語(L2)の相互関係について
ジム=カミンズ
児童・生徒の既得の認知力(cognitive resources)がL2習得の速度および達成度に大きな影響を与えることは明らかである。もちろん個人要因(動機付けなど)、インプットの量・質の決め手になる状況要因もL2習得過程で中心的役割を果たしているが、それらは認知力と関わり合って影響すると考えられる。L2習得過程をより明らかにするために、言語能力を二つの領域(dimension)に分け、それぞれが諸要因とどのような関わり合いを持つかということ考えてみたい。二つの領域とは、「個人特性をベースとして習得される言語能力」(attribute-based aspects of proficiency)と「インプットをベースとして習得される言語能力」(input-based aspects of proficiency)である。L2習得の初期は二領域の違いははっきり現われないが、習得が進むにつれその差が現われる。ここでは児童・生徒の既得の認知力の一つであるL1に焦点を当て、L2習得上、両言語がそれぞれの領域でどの程度まで関わり合っているかを考察したい。
- 言語能力の二面
- 児童・生徒の言語及びリテラシーの発達上、二つの言語使用を区別する必要があることは多くの研究者が認めるところである。一つは、「場面の中での言語使用」(contextualized use of language)で、もう一つは、「場面から離れた言語使用」(decontextualized use of language)である。名称は、言語学者(Bruner 1975; Olson 1977; Donaldson 1978; Bereiter & Scardamalia 1981; Cummins 1981, 1984; Snow 1991)によっていろいろ異なるが、この違いは、伝達の際にどのぐらい言語以外の助けがあるかということである。場面内言語使用とは、ボディー・ランゲッジなどのような言語以外の助けにより、コミュニケーションをよりたやすく成立することができ、場面外言語使用は、言語以外の助けがなく、認知力をより必要とする言語使用である。たとえば、日常会話などに必要な会話力は前者であり、読解力や作文力などは、後者に当たる。L2習得上この二つの言語使用で違いがあることは、これまでの多くの研究によって実証されており、例えば年齢相応の会話力はL2環境に入って平均2年ぐらいの短期間で習得可能であるが、英語の学力と関連した英語力となると社会経済的に恵まれた移住者子弟でも少なくとも4年はかかると言われている。(Collier, 1987; Cummins, 1981; Cummins 1984; Snow & Hoefnagel-Hohle, 1978; Cummins & Nakajima, 1987) またバイリンガル児童生徒の言語のこの2領域は比較的独立していると言う。(Snow,1991; Gonzales,1986)
- では、異言語間においてこれら2領域がどのように関わっているか、L1の2領域の力が発達していれば、L2の2領域の力も同じように発達するのか、つまり2言語間の相互依存関係がどの程度まで支持されるかということについて、これまでの研究成果を踏まえて検討してみたい。
- L1とL2の言語能力の関係について
- まず(1)スエーデンのフィンランド系、(2)米国のスペイン語系、(3)米国・カナダのアジア系の移住者子弟、次に(4)移住者子弟以外の学童生徒、最後に(5)成人L2学習者を対象とした研究調査をとりあげる。
- (1)スエーデンのフィンランド系移住者子弟研究における言語間の相互依存性
- フィンランド系子弟(3ー6年生165名)のL1とL2の学習言語力を、同意語、反意語などの語彙テスト、国語、算数、その他の教科テストを通して行った調査 (Skutnabb-Kangas & Toukomaa,1976)では、フィンランドですでに学校教育を受けた学童は(通学年数3年以上)、スエーデンで学校教育を初めて受けた学童に比べて、年齢相応のL2レベルに近づく率が高い。つまりL1での学習がスエーデン語のテストを理解する上での基礎となっており、L2の学校教育を2年受けてもそれに代わるものとはならない。
- スエーデンの学校で二言語で学習するフィンランド系子弟の縦断的調査(Linde & Lofgren, 1988)では、入学時のスエーデン語の力 (パス係数0.26)より、フィンランド語の力(パス係数0.66)の方が、ずっと学童の成績と関係していることが分かった。またフィンランド語の力とスエーデン語の力にもプラスの関係が見られた(パス係数0.36)。小学校6年生を対象とした第2、第3の調査でも、フィンランド語の力とスエーデン語の学習言語間にプラスの関係が見られ (パス係数0.30、0.33)、8年生を対象とした第4の研究でも同じ結果が得られた(パス係数0.24)。この諸調査は滞在期間を一要因として分析していないことに問題があるが、フィンランド語とスエーデン語が構造的に近い言語ではないので、二言語間のプラスの相関は単なる言語的転移(linguistic transfer)ではなく、二言語の学習言語間の転移と考えられる。要するに、L2習得過程でL1とL2の学習言語の間には軽度(moderate)の相互依存的関係が見られる。
- (2)米国のスペイン語系移住者子弟研究における言語間の相互依存性
- Ramirez (1985) はニュージャージーのバイリンガル・プログラムの小学3年生(75名)を三年間研究し、L1(スペイン語)とL2(英語)の学習言語力は同じ因子に負荷しており、入学時にスペイン語の学習言語が高度に発達した学童は、英語の学習言語力の発達度が高かったという。Hakuta &Diaz (1985) の縦断研究では、幼稚園から小学三年までの英語とスペイン語の学習言語の相関関係が学年が進むにつれ強まり、0 から0.68 まで上がったと言っている。入園時の園児が0だったのは英語圏での滞在年数が異なり、それが英語力に影響を及ぼしたと考えられる。
- カリフォルニア州教育局がマイノリティー学童生徒のために行った学校評価(1981)でも、L1の会話力とL2の読解力に比べて(r=0.36〜0.59)、L1とL2の読解力間 に高い相関が見られ(r=0.60〜0.74)、また、その関係がL2の会話力が伸びるにしたがって強まるという結果が出ている。
- Gonzalez(1986)(6年生72名)のメキシコ系子弟の研究でも、L1とL2の読解力間に、L1とL2の会話力間よりもずっと強い相関関係が見られた。移住以前にメキシコで最低2年通学した学童と、就学前にアメリカに移住した学童 (両方とも社会経済的地位は低い)を比較すると、前者はスペイン語・英語の読解力に優れ、後者は英語の会話力に優れる。全体として、スペイン語・英語の読解力間に相関関係が見られ(r=0.55 p<0.01)、読解力と会話力の間には見られなかった。これはL1による教科学習の基礎が、l2の学習言語の習得に転移したものと解釈される。興味深い点はl1とl2の会話力の間にも相関関係が見られたことで、これは、学習言語間ばかりでなく、会話力のある面でも転移が生じることを示唆している。
- 以上は、主に標準読解テストを用いた調査であるが、Goldman(1985)(幼児〜6年生)は、物語再生(retelling)の力を比較し、スペイン語でも英語でも同じような読解ストラテジーが見られること、小学3年以上のバイリンガル学童の英語力はモノリンガル学童と同じレベルであるが、小学三年以下はモノリンガルに劣るという。同じくスペイン語をL1とする小学4年と6年生の書く力の研究(Carlisle, 1986)では、英語の表現技法(rhetorical effectiveness)、統語的習熟度(syntactic maturity)、作文量(productivity)において、バイリンガル・プログラムの学童の方が、現地校で英語だけで教育を受けるサブマージョン(submersion)の学童より優れているが、どちらもモノリンガル学童より英語の表現技法、作文の質において劣る。また英語とスペイン語の表現技法の間に有意の関係があったという。以上のように米国スペイン語系マイノリティー学童のL1とL2の学習言語間においても軽度の相互依存度が見られる。
- (3)米国・カナダのアジア系移住者子弟研究における言語間の相互依存性
- Genesee(1979)は表記体系が異なる二言語間では相関関係が有意であっても弱いと言っているが、中国語や日本語のような言語で調べることは、言語相互依存説のよいテストになるわけである。北米の研究調査の中で、表記体系の差にもかかわらず、学習者の知的、性格要因の中で、特にL1の読解力がL2のある面の習得に寄与するという結果が得られたものがいくつかある。
- トロントの補習校生徒(91名、2-3年生/5-6年生)、ベトナム難民子弟(45名、9才ー17才)を対象に行われた調査(Cummins et al,1984)では、英語の学習言語テスト(Gates McGinitie 読解力テスト、文章反復テストなど5種)と日本語の読解力テスト、更に52名を選んでインタビューで英語と日本語の会話テストを行った。三つの因子(「文法力」「(会話)交流スタイル」「学習言語力」)が得られ、回帰分析で、まず滞在年数を入れると、「文法力」R2=0.26、「交流スタイル」R2=0.21、「学習言語力」R2=0.17であり、次にL1の学習言語要因群を加えると、「文法力」3%、「交流スタイル」6%、「学習言語力」18%、次にL1の会話交流スタイルや性格を入れると、「文法力」4%、「交流スタイル」17%、「学習言語力」2%と説明率が増える。つまり、L1の認知、リテラシーはL2のその面の発達に深く関わっているのに対して、L1とL2の会話交流スタイルは個人の特性と深く関わっており、またL2文法力は滞在日数などのL2のインプット量と関わりが強いことが分かった。
- またベトナム子弟研究、トロント補習校作文力と・読解力調査(Cummins&Nakajima 1987)、ニューヨークの海外子女の英・日読解力(7ー8年)(Iwasaki 1981)、シアトル在住中国系子弟の中英読解力、会話力調査(Hoover 1983)でも同じような相関関係が見られたが、Genesee が指摘するように、表記体系を異にする二言語間では、読み能力の転移は有意であっても、互いに近い言語間に比べてその関係が弱いということが言える。また、中国語、日本語のように表記体系が違う言語の読み書き能力を英語環境で維持・発達する上で、動機づけなどの社会・文化的要因が大きく絡んでいるようである。
- (4)その他のバイリンガル学童研究における言語間の相互依存性
- フレンチ・イマージョンの英・仏語の調査(Falter1988)(読解 r=0.59、クローズテスト0.61、作文0.47
その他「比喩表現」(Malakoff 1988)、英・仏作文力(Canale, Frennette & Belange 1987)、シンガポール在住学童(Ho 1987)の英語・中国語、英語・マレー語(マレー系学童のみ)、英語・タミール語で学習言語間の相関が見られたという。このように表記法、文法、読み書きの方向性にかかわらず、軽度ではあるが、言語間の相互依存関係が見られる。またトルコ語とドイツ語のような言語間でも(McLaughlin 1986)、ポルトガル語と英語の作文力でも、学習言語の相互依存関係は見られたという(r=0.54, p<0.001)。(cummins, Lopes & King 1988)
- (5)成人L2学習者を対象とする研究に見られる言語間の関係
- 米国・カナダの成人学習者の英語・スペイン語の読解力(Salgado1988)、同じく英・西語の誤用訂正力、ESLの認知プロセスとテキスト生成(Cummings1987)などで相互依存の関係がみられる。英語誤用訂正力では一番予測率が高いのがスペイン語の誤用訂正力であり、テキスト生成では、言語間共有の基礎作文習熟度(writing expertise、問題解決のストラテジー、内容の質、全体のまとめ方など)が両言語の作文力に関与しているという。
- <まとめ>
- 学習者の個人特性も学習者に与えられるインプットも、L2のそれぞれの領域の発達に関与している。インプット要因が大事なのは、滞在年数とL2学習率が強い関係を示すことで明らかであるが、滞在年数はCummins et al(1984)で明らかなように、言語のすべての面に同じように関与するわけではない。文法力へは非常に高い寄与率を示しても、L2学習言語面、会話交流スタイルにはそれほど寄与しない。反対にL2の学習言語面、会話交流スタイルには個人のパーソナリティーや認知力が影響するが、文法力にはそれらはあまり関与しない。もちろん個人の基礎的特性は両言語の使用において表出するものであり、個人特性をベースとするL1とL2の言語領域では、かなり高い相互関係が見られる。
- 認知面では、子供から大人まで各種の学習者を対象に、多種の社会言語的な状況で行われた研究で、「場面を離れた言語使用」においてL1とL2は安定した軽度の相互関係を示している。しかし、表記体系の非常に異なる二言語間では、有意ではあるがその関係は弱い。また「場面の中での言語使用」においても、ある個人特性(例えば会話交流スタイル)などで二言語間の相互関係が見られる。要するに、学習言語またはL1、L2の「場面外言語使用」は学習者の認知的特性が現われたものと考えられるのに対して、会話交流スタイルは学習者の個人特性(性格など)が異言語間にまたがった現われたものと言える。更に今後学習者の認知特性は、Geva & Ryan (1987)が指摘するように、非言語IQ、言語分析力、記憶保持力などとの関係を考慮し、もっと緻密なモデルに発展させることが可能であろう。このことはCumming (1987)の共有基礎作文熟練度が両言語の作文力に現われ、それらはI.Q.とは独立したものであるという結論とも一致する。
- ここで強調しておきたいことは、個人の特性はすべてのL2学習過程に関わっているし、また適量のインプットがL2学習のあらゆる面で不可欠であるため、「個人特性ベース言語能力」と「インプットベース言語能力」という区別は相対的なものであるということである。強い動機づけをもつ学習者はより多くのインプットを求めるということからも分かるように、個人特性とインプットは互いに独立したものではない。また学習環境も考慮に入れる必要があり、教室内でのL2学習には認知特性がより関与し、自然習得の場合はインプットの量と質がより関与すると言えよう。
- ここで問題にしたのは、学習者の特性と習得される言語の特徴との関係であり、以上の諸研究を通して言えることは、
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- 異言語間のある領域で一貫して見られる共有面とは、L2インプットの性質(Biber 1986)に加えて、学習者の個人の基礎的特性が現われたものと考えられる。
- 異言語間で互いに関係のない言語領域では、学習者の個人の基礎的特性においても関係が薄く(例えば、認知力と性格など)、学習者が接触するL2インプットの質(および/または)量との関係が非常に強い。
- 今後の課題は、認知力やパーソナリティーという一般的範疇のなかで、個人特性をより明確に捉え、これらが基礎となって習得される言語能力の諸面をより明らかにすることであろう。
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