Clevedon, Philadelphia : Multilingual Matters, 1991,
Language, culture, and cognition :
A collection of studies in first and second language acquisition,
L.Malavi & G. Duquette (Eds)
"Language Development and Academic Learning" pp. 161-175
Jim. Cummins,
言語の発達と学科学習
ジム=カミンズ
- <はじめに>
- 第2言語教育政策論争:"Immersion" 対 "Bilingual Education"
- 近年、アメリカでは、 少数言語児童・生徒に対して従来的に行われてきた「移行的バイリンガル教育」プログラム (transitional bilingual education) の代替案として、学校教育カリキュラムを通して生徒が英語に接触する度合いを段階的に調整・変化させていく「イマーション (immersion)」あるいは「段階統制的イマーション(structured immersion) 」プログラム を推す動きがみられる。これら二つの派が、少数言語児童・生徒の学力達成を促進する教育プログラムはどちらであるかについて言語教育政策論争を巻き起こしている。両プログラムの推進派は第二言語 (L2) の発達と学力の伸びとの相関関係について非常に異なる考え方を論拠としている。両派とも、「何が少数言語児童・生徒の学力不振の原因なのか」についてそれぞれに仮説を持ち、その仮説に基づいて、少数言語児童・生徒の学力不振に対処するために特別な教育的介入を計画しようとしているのである。
- 「移行的バイリンガル教育」プログラム推進派は、「家庭言語と学校言語の不一致 (home-school language mismatch)」説にその論拠を求めている。この仮説は、 少数言語児童・生徒の学力遅滞は家庭言語と学校言語の切り替え使用 (home-school language switch) に原因があるとするものである。この仮説に基づいて、生徒が理解できない言語で学習をすることは不可能であるから、初めは少数言語児童・生徒の第一言語 (L1) を使って授業をするという介入策をとるべきであると主張する。一方、「イマーション」あるいは「段階統制的イマーション」プログラム の推進者は、学力遅滞の原因は「L2 との接触不足 (insufficient exposure)」であるとする 立場をとっている。この仮説は、英語との接触が家庭・社会環境の中で不足していることに学力遅滞の原因があるとするものであり、それに対する介入策として、この派は、少数言語児童・生徒の英語との接触をできるだけ増やすことが必要であると提唱している。
- しかしながら、「家庭言語と学校言語の不一致」説および「L2 との接触不足」説ともに、それらに基づいて産み出された予測と種々の研究データに現れた事実との間にずれが見られる。このため、教育プログラムの成果 (outcome) を予測する礎となる仮説としては両者とも同様に不適切である。まず、「家庭言語と学校言語の不一致」説であるが、この仮説の従来的根拠とされている「言語の不一致が学力遅滞を生む」という考え方では、カナダ及びその他の国々での研究例でなぜ学力の遅滞が見られなかったのかを十分に説明できない。故にこの仮説に基づいて少数言語児童・生徒に関する教育政策を決定することは適切ではない。一方、「L2 との接触不足」 説も政策決定の根拠とするには不適切である。その例証としては、これまでのバイリンガル教育プログラムについての研究でわかったように、全日或いは一部をL1で授業を受けた 少数言語児童・生徒 が、主要言語(たとえば北アメリカにおける英語)だけで授業を受けた少数言語児童・生徒と少なくとも同程度にその主要言語を使うことができる、ということである。このことから、バイリンガル教育プログラムのなかで主要言語を媒体とした授業を受ける時間数と少数言語児童・生徒 の主要言語での学力達成との間には、正の相関も負の相関も見られないという結論になる。
- バイリンガル教育政策問題に適切な示唆を与えうる研究報告は非常に数多いが、アメリカ合衆国のバイリンガル教育プログラムの政策論争においては、研究のデータがほとんどといって良いほど取り入れられていない。そこで、政策決定の参考となりうるこれまでの研究報告を以下の4つの原則にまとめた。そのうちの二つの原則はバイリンガリズムとバイリンガル教育の本質とその成果について、残り二つは言語能力と言語教育 (pedagogy) についてである。これらの原則は、過去の研究の結果に基づいて一般化できるものであり、これらをもとに、どのようなプログラムを使って介入すればどのような結果を産み出すかを政策決定者が予測するのに役立つであろう。
本論 言語の発達と第1・第2両言語での学力達成について
- 原則1. Additive bilingualism enrichment principle
- (両言語に相乗効果を生む加算的二言語使用)
- ●バイリンガリズムは、L1、L2両言語が、すべての言語領域(literacy も含む)において高度に発達している場合、児童・生徒の学力面、言語面、及び知能面の発達に支障をきたすことはない。むしろ、児童・生徒のメタ言語能力、学力、及び知力の発達にプラスに作用する傾向にある。
- 最近の研究では、バイリンガリズムが児童・生徒の発達や学力の発達にマイナスになるどころか、知的発達、言語的発達を促進する方向に作用する、と示唆されている 。また、バイリンガリズムは、児童・生徒のメタ言語能力や言語を操作 (control) する能力の発達を促進させるとも言われている (Bialystok, 1984; Bialystok & Ryan, 1985)。
- 1960年以降の研究で明らかになった重要な点は、バイリンガル児童・生徒がいわゆる "additive form of bilingualism (加算的言語使用)" になりつつある (Lambert, 1975) ということである。つまり、バイリンガル児童・生徒は、彼らのL1の発達を犠牲にすることなしに、L2 能力が能力の一つとして加わっており、両言語において発音や会話の流暢さ(fluency ) や読み書き能力 (literacy ) をかなり高いレベルで獲得する過程にあるということである。このような "additive form of bilingualism" の結果が得られたのは、フレンチ・イマーション・プログラムにいる英語話者のようにL1が主要言語であるか、少数言語グループ出身でも学校でL1が強化されている児童・生徒であった。少数言語児童・生徒の場合は、L1の読み書き能力の発達が教育的介入によってサポートされていないと、L1がL2 によって置換されるという "subtractive form of bilingualism (減算的二言語使用)" に往々にしてなりがちである。
- これらのことから、バイリンガルの児童・生徒が到達した能力のレベルが、学力や知能の発達に重要な影響を及ぼすものと考えられる (Cummins, 1984)。学力面へのマイナスの影響を避けるためには、バイリンガルの児童・生徒が到達しなければならない言語能力の閾値 (しきいレベル:threshold level) が両言語に於いて存在すると考えられる。また、バイリンガリズムやバイリテラシーの言語面や知能面での恩恵を得るためには、もう一つの高いレベルの閾が存在すると思われる。この「しきい(threshold hypothesis)」の重要な点は、バイリンガル児童・生徒の両言語が同時に高度に発達していかなければバイリンガリズムの恩恵が得られないということである。
- 原則2. The linguistic interdependence principle
- (言語相互依存説、共有説)
- ●学習(関連の)言語力・認知力においてはL1、L2両言語に依存的関係が認められる。依存関係にある言語面を "common underlying proficiency (共有言語能力)" と呼ぶ。
- 相互依存仮説の定義は、「学校あるいは回りの環境の中で言語Xと接触する機会が充分にあり、その言語Xを学習する動機付けが充分である条件下にいる児童・生徒が、Xと異なる言語Yを媒体とした授業をうけて言語Yの能力が伸びたとすると、その伸びた分の言語Yの能力が言語Xへ移行しうる。」というものである。
- たとえば、英−西バイリンガルプログラムを例にとると、西語の読み書き能力を伸ばす西語での授業は、西語のスキルを伸ばすばかりでなく、深い部分での概念的・言語的能力も高め、英語での読み書き能力の発達にも強い影響を与える。発音や会話の流暢さなどの表面的な面は個々の言語に固有のものであるが、言語間に共通した認知力や学力が存在するのである。これを "common underlying proficiency" といい、これがために認知力や学力や読み書き能力の言語相互間での移行が可能なのである。また、 主要言語での授業時間数と 主要言語での学力達成との間にほとんど何の関係も見られないということも、L1とL2 の academic skill が相互依存の関係にあることを示唆しており、これも" common underlying proficiency" の現れである。
- この相互依存説は、被験者の児童・生徒のおかれた背景が社会的にも政治的にも様々な研究例(例:L1対象のバイリンガル・プログラム)、多様な研究分野において(例:記憶の働き、L2 学習と年齢、リーディング)、色々な研究手法をもちいた研究によって(例:correlational study、longitudinal study)、また色々な言語の組み合わせを使った研究において支持されている。この相互依存説を強く支持する結果が数々の研究で一貫して出ていることから、この説に基づいて言語政策面でのかなり信頼性の高い予測をたてることが可能である。
- 原則3. The conversational/academic language proficiency principle
- (会話力/学習(関連の)言語力の識別)
- ●個人的なばらつきがあるが、一般に少数言語児童・生徒がL2 で学齢相当の会話力や表面的な流暢さを獲得するのには約2年かかり、学習に関係するL2 の能力(読み書き能力など)で同学齢のネイティブ・スピーカーレベルに達するのには最低5年は必要である。
- いろいろな研究事例において、少数言語児童・生徒は、会話スキルなどの「L2 の表面的な流暢さ」が獲得できていると報告されている。しかし、教育者がこれらの研究結果を解釈する際には、十分な注意が必要である。というのは、会話面での言語スキルと学習(関連の)言語力とを区別して考えないと、 少数言語児童・生徒のテスト結果の解釈や、少数言語児童・生徒をバイリンガル・プログラムから通常のカリキュラムへ移行させる時期の判断を誤り、彼らを 不当に処遇することにつながるからである。
- 少数言語児童・生徒が学齢相当のL2 能力を獲得するには、会話力を身につけるのに約2年、学習(関連の)言語力を獲得するのに最低5年かかると研究報告で示されており、それぞれのスキルの獲得にかかる年数の乖離が非常に大きい。これは、学齢が進むにつれて次々と高いレベルの学習(関連の)言語力をネイティブ・スピーカーの児童・生徒が獲得していくがために、 少数言語児童・生徒が頑張ってもネイティブ・スピーカーの児童・生徒との差がなかなか縮まらないことによる。一方、ネイティブ・スピーカーの会話力の習得は6歳以降はその習得の変化がなだらかになるため、 少数言語児童・生徒が追いつきやすいと言える。また、人と対面した会話においては、会話のコンテクストやジェスチャーなどといった言語外の情報が助けになって意味を伝えることができるのに対し、学習に関係した面での言語使用(たとえば文章読解)の場合このような助けが得られにくいと言うことも影響している。
- このように言語能力には会話力と学習(関連の)言語力とという二つの側面があることや、少数言語児童・生徒の場合両言語の発達レベルに大きな開きがみられるという点を、少数言語児童・生徒の能力をテストする者(心理カウンセラー等)が 考慮しないことが往々にある。 少数言語児童・生徒達のL2が流暢に聞こえるため、これらの児童・生徒が L2 をマスターしたものと考え、L2 で行われた知能テストの結果が児童・生徒の能力を適切に反映したものであるという誤った考えを持ち、少数言語児童・生徒がL2 に接触し始めて1〜2年以内に行われたテストの結果をもとに「LD児 ( learning disabled )」や「知恵遅れ (retarded)」といった評価を下すことがままあるのである。また、少数言語児童・生徒がL2 の学習(関連の)言語力をまだ充分習得していないのに、少数言語児童・生徒の表面的なL2の流暢さから判断し、 L2だけで授業が行われるクラスででもやっていけるであろうと教師が考え、彼らをそのようなクラスへ時期尚早に移してしまうということも起こるのである。
- 原則4. The sufficient communicative interaction principle
- (対人コミュニケーション活動充足の原則)
- ●L2 を習得するためには、「話す・聞く」ことはもちろん「書く・読む」ことを通じて、児童・生徒が意味の伝達を目的とした対人コミュニケーションに受動的にだけではなく能動的に参加する十分な機会が必要である。
- L2 習得研究者の多くが、L2 習得におけるインプットの重要性を何らかの形で説いている。共通して言われているのは、L2 の習得には、学習者がその言語との接触を持つだけでは充分ではなく、意味の伝達を目的としたやりとりを通じてコンプリヘンシブル・インプット (comprehensive input) を学習者が得る必要がある、ということである。このコンプリヘンシブル・インプットの根幹を成すのは、言語使用の主要な目的は意味の伝達であるという点である。意味の伝達という言語使用の本来の目的が授業に採り入れらていなければ、学習というものが機械的な暗記になり、児童・生徒自身の動機ではない外因的動機によってのみ支えられるものになる。
- 対人コミュニケーションでは、インプットを受け取るという受動的な側面と、表現をするという能動的な側面の双方が重要である (Swain,1986)。ところが、コンプリヘンシブル・インプットという概念の限界は、対人コミュニケーションの受動的面にのみ注目している点である。 Swain & Wong Fillmore (1984) は意味の伝達を目的とした対人コミュニケーションのL2 学習における重要性を指摘している。この、対人コミュニケーションを重視する枠組みの中では、話す・聞くというオーラル・モードを通じての表現ばかりでなく、テクストを介在させての意味の伝達(例:reading)や実際の伝達対象に向けてテクストを創出するということ(例:writing)も含まれる。この対人コミュニケーション活動充足の原則は、子どもが大人との意味のある交流をしていくうちに、副次的にその言語を習得していくというL1習得の特徴とも合致する。この原則と共有説との関連するところは、一つの言語を用いた対人コミュニケーション活動で得た知識が、別の言語でのインプットをコンプリヘンシブルにする(理解可能にする)点である。同様に、バイリンガル・プログラムにいる少数言語児童・生徒 のL1で得た概念知識はL2 の読み書き能力や授業科目の内容の習得を大いに助けるのである。
- <結語>
- 上に示したように、少数言語児童・生徒の教育に関する政策決定をする際の理論的裏付けとなり得るものが存在する。それらを参照すれば、いろいろな社会的・政治的条件下で、採用しようとする教育プログラムが少数言語児童・生徒にどのような影響を及ぼすかについて、言語政策決定者がかなり信頼性の高い予測をすることが可能である。
- 教育プログラムがうまく機能していれば、二つの言語を使っていることや、目標言語での授業時間が少ないことで、学力面で問題が出てくるということはない。 少数言語児童・生徒の学力を伸ばすことが目標であるならば、L2での学習(関連の)言語力を獲得するためにも、児童・生徒のL1での概念知識の習得を奨励するべきである。また、話すことだけでなく書くことを通じて意味の伝達を目的としたコミュニケーション活動をさせ、L1とL2の学習(関連の)言語力を伸ばしていかなければならない。特に、現在学力が遅滞していたり特殊学級に入れられかけている児童・生徒にとっては、上記の原則はより重要な意味を持ってくる。言語の発達と学力の伸びとの関係についての上記原則を、少数言語児童・生徒を扱う特殊学級担当者や心理カウンセラーなどが理解するように、リーダーシップを取っていく責任が教育政策担当者にはある。
戻る