文献要約

Giles, H and Robinson, W.P (eds.) 
Handbook of Language and Social Psychology, 1990. pp495-517
"Social Psychological Perspectives on Second Language Acquisition"
Robert C. Gardner and Richard Clement

第二言語習得に関する社会心理学的観点
Robert C. Gardner and Richard Clement

これまでに社会心理学者によるあるいは社会心理学的観点からの第2言語(L2)習得研究が数多く行われている。本稿(章)の目的はこうした文献の概観を呈することである。まず前半はL2習得に影響を与えるとみられている個人差要因に関する研究のうち認知特性・態度と動機づけ・性格属性を概観する。後半は学習者の民族的背景などの社会的コンテクストがL2習得に果たす一般的役割を概観し,さらにそのような環境要因が関与している可能性のあるL2習得の心理的過程を論じる。 

<個人差>
  1. 認知特性として主なもの2つに言語適性と言語学習ストラテジーを挙げることができる。前者の研究は1929年の言語習得の成否を予測するためのテスト開発に端を発している。後者は比較的歴史が浅いが,これまでに良い言語学習者が学習の手助けとして利用する特定のテクニックが観察されている。またその使用上の個人差を測定するために因子分析など様々な方法が活用されており,特定のストラテジーの利用が個々の習熟度や動機づけの違いと関連していることを示した研究もある。
  2. 態度・動機づけ要因とL2習得との関係は,その立体的構造に焦点をあてた研究などが行われるようになるにつれ次第に明らかになってきた。その発端であるGardner and Lambert (1959)による研究では社会的動機づけと言語適性という少なくとも二つの独立した因子によってL2の習熟度が決まることが報告された。同手法による研究は多様な対象に対して繰り返され,多くの尺度が追加されたが,統合の度合い(integrativeness)/学習環境に対する態度/動機づけの3つの因子のほぼいずれかに該当する結果となっている。対する別の見方や批判によって,L2の習得過程が直接注目されるようになり,以来,Giles and Byrne(1982)のintergroup modelなど数多くの理論的モデルが展開されている。近年は,特定の因果関係を検証する因果関係モデル作成法(causal modelling procedures)を利用した研究が増加している。また,言語クラスへの参加度など非言語的結果の言語習得過程における重要性を示す研究もある。
  3. 性格属性に関して研究例の多い項目をいくつか挙げよう。まず社交性については外向的/内向的にかかわらず言語習得は達成されるものとする立場を指示する文献が多い。場への依存型については,分析的特徴を持つ場独立型の方がより言語習得に適していることを示す研究がある。感情移入の強さは特にL2の発音習得に有利に働くのではないかという見方があるが,まだ明らかではない。不安感に関してはかなり一貫して達成度との負の相関が報告されている。Clement を中心とした一連の研究で,因果関係モデル作成技術により自信も動機づけの一因と成り得ることや自信がL2における口頭でのスキルおよび(文化)変容(acculturation)と高い相関にあることが示された。これにより不安感という概念がL2習熟度のみならず態度・動機づけ属性に直結し,相互に関連している過程を描くことができるようになった。

<コンテクストの諸相(Contextual Aspects)>
 コンテクストの言語習得への影響の研究は個人差に比べて新しく,科学的記述を可能にする概念を発展させているか疑問の余地さえある。なおここでのコンテクストはL2習得に影響するあるいはそのように思われる対人間及び集団間の現象を包括する社会心理学的観点を取り入れた概念として提示する。現代的観点から二つの実証的な証拠群が特定されよう。

 ・社会構造的観点( sociostructural perspective):
 この観点からの研究は,"客観的"コミュニティーの特徴としてのバイリンガリズムへの影響を論じる試みによって特徴づけられる。集団的バイリンガリズムは個人のそれを必ずしも意味しないが,言語グループのコミュニティーにおける相対的割合とその言語が学習または維持される度合いとは正の相関にあるようだ。ただしL2集団が接触できる環境に比較的いない状況でも,高いL2到達度が報告されている例はある。
 L2集団との直接的接触がない場合,L2学習環境における学習者の到達度に影響を与える可能性のあるコンテクスト的側面として少なくとも学習環境と子供の言語学習努力を支える親の役割を挙げることができる。これまでに語学教師への態度とL2集団への態度との関連や学習者が認知した親の励ましと本人の動機づけとに正の相関があることなどが報告されている。一方,L2集団がコミュニティーに存在する場合は以上の2点以外にL1/L2集団の相対的政治力などの構造的特徴とのかねあいが重要となる。政治力及びその認識が高まるにつれ,時に人口統計学的数値の影響が伴って,L1の維持と他の民族言語学的グループによるその言語の学習が確実に進む。このような側面はGiles et al.(1977)により,民族言語学的活力(ethnolinguistic vitality )の構成要因として構造的モデルに包括された。
 民族間の接触については,その量を体系的に統制した数少ない研究のひとつであるClement and Kruidenier(1983)が,L1集団の地位・L2集団の地位・コミュニティーでの言語構成の3因子と目標言語を学ぶ様々な理由との関係を測定し,相対的地位とL2集団との接触が独自の因子としてL2学習の動機づけに影響していることを示している。

 ・社会認知的観点(The Socioperceptual perspective):
 これまで構造的構成概念と実際の心理的メカニズムに一致する構成概念とのギャップを埋めるために,まずは常に個人の主観的認知を測る構造因子の再構築が繰り返し行われてきた。例えば民族言語学的活力の初期の陳述は主観的活力が"客観的"なものより重要である可能性を計算に入れており,後に主観的活力調査紙の開発(Bourhis et al., 1981)やLandry and Allard(1985)による民族言語学的活力の信念体系としての再概念化によるより的中率の高い調査紙の考案へと繋がってゆく。またGiles and Byrne(1982)やGiles and Johnson(1987)は集団間状況の個人の認知に関するより精巧なモデルを紹介している。
 他のモデルはまだ数少ないが,例えば文化的期待が個人のL2習得の動機づけとその結果に現れる習熟度に影響を与えることを示唆する研究,統合の度合いまたはL2習熟度及び使用がコミュニティーからのL2習得への援助を個々の学習者がどのように認知しているかということと密接な関係にあることを示した研究,さらに外集団の援助が可能な場合は,認知された外集団の好意の程度や好意的接触の頻度が学習者のL2における自信の直接的決定要因であることを示した研究などがある。これらは 認知されたコミュニティーの価値観と民族間の態度がL2習熟度を決定する重要な要因であることを示すものである。
 なお,言語に関する社会心理学は言語現象とアイデンティティーを同形体として扱っている。しかし,アイデンティティーの変化や維持の過程が多角的で,言語的側面はそのほんの一面にしか過ぎない可能性を示唆する研究もあり,研究の根拠となっている両者の強い関係に疑問を投げかけている。

<結論>
 L2習得に関する社会心理学的研究は個人差要因に基づいてL2運用能力を説明する試みから発展してきており,特に関連する4つの側面においてその範囲の拡大が顕著である。
 まず,Gardner and Lambert (1959)の生み出したオリジナルの枠組みはフランス語以外の言語にも適用されるようになった。多くは動機づけとL2集団への情緒的傾倒が基本的に重要であることを再確認する結果となっている。次に,個人差において当初の言語適性への注目から性格や言語学習ストラテジーといった他の側面へと関心が拡大したことが挙げられる。最近の因果関係モデル作成技術の発達で複雑なモデルの実証的検証がある程度可能となったが,個々の影響の仕組みは理解が困難になってきている。3つめはL2習得関連の研究結果の数と種類が飛躍的に増加したことと関係がある。言語習得過程は異言語間の接触に起因する一群の現象としてとらえられるようになり,今後はさらに言語混合や切り替えなどがこのパラダイムのもとで研究されるかもしれない。最後は,コンテクストの影響に関するものである。体系的な概念化が提示されたのはごく最近のことであるが,モデルの多様化に伴い,使用される言語は複雑化を増している。このため抽象的モデルに帰結する可能性が生まれたり,全モデルに共通する仮説の存在による妥当性の比較検証が困難になるといった問題が生じている。今こそ,以上で述べた様々な問題に立ち向かう立場にいる。


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