Ch. 10 in Children's Language,Nelson, K.E. (ed.), 1980, pp319-344 "The Relationship Between Degree of Bilingualism and Cognitive Ability: A critical Discussion and Some New Longitudinal Data." Kenji Hakuta and Rafael M. Diaz バイリンガリズムと認知能力の関係: 先行研究の考察と縦断的研究から得られた新データ Kenji Hakuta and Rafael M. Diaz
この章では、Peal & Lambert (1962) の研究を境にして、バイリンガリズムと知能の関係がどう捉えられてきたかを、彼等以前の研究とそれ以降の研究をあげて紹介する。そして、理論と方法論の両面から、これまでの研究の弱点を指摘する。バイリンガリズムと認知能力の発達との因果関係を明らかにするための縦断的研究の重要性について語った上で、筆者らが行った縦断的研究からバイリンガリズムと思考との関係についての結論を導きだす。
バイリンガリズムと認知能力の関係に関する心理学的研究は、1920年代初期から始まった。バイリンガルな子供は言語的に不利な状況に陥っており、当時開発された精神測定テストの流行的使用による彼等の知的能力や可能性の測定は正当評価をもたらさないという危惧があったが、実際に繰り返し行われたテストの結果は彼等に不利なものであった。彼等の知的能力の測定が多分にテストに使用された言語の運用能力に依存したものであったことは、心理学者や教育学者達が憂うるところであった。が、Peal & Lambert (1962) 以前の殆どの研究結果がバイリンガルがモノリンガルに比べて言語的に劣っているという点で一致したため、バイリンガルは "language handicap" (言語障害)に苦しんでいるという見解を生み出した。この見解は既存の精神測定テストをバイリンガルに使用することの妥当性そのものを問わずして、そのままバイリンガリズムは社会の疫病だという否定的なものへと導かれていった。当時、測定されたバイリンガルの言語障害は、二言語併用によることから生じた言語的混乱で、そのことが子供の知的能力の発達と学力に与える影響は多大で、その影響は大学時代にまで及ぶと考えられていた。
しかし、現在では、これらの研究は方法論的に問題がありその結果は信頼性に欠けるとされている。大きく分けて二つの方法論的欠陥を指摘することができる。一つは、SES(社会ー経済的地位要因)のコントロールの欠如である。二つ目は、"bilingual"の確固たる定義の欠如から生じた被験者の二言語併用の実態のあやふやさである。実際にバイリンガルであったか、minority language(少数派言語)のみを使用するモノリンガルであったか、その識別は今となっては不可能である。
1962年に、Peal & Lambert の研究が発表されて、それまでのバイリンガリズムと認知能力の関係の見解を大きく覆えすことになる。彼等は、バイリンガルを"balanced bilinguals" (第一言語と第二言語共に堪能である者)と "pseudo-bilinguals" (第二言語が年齢相当レべルに到達していない者)に識別することによって、samplingによるエラーを防ごうとした。被験者には"balanced bilinguals" と判定された者のみを採用した。結果は、先行研究が提示してきたものに反して、バイリンガルに好意的なものだった。グループ間の性別、年齢、SESを制御しても、バイリンガルは、殆どの認知テストにおいて有意的にモノリンガルを上回る成績を残した。Macnamara(1966)が指摘するように、samplingの過程で"balanced bilinguals"を選択することにより、逆に優秀なバイリンガルを選ぶことになり、それが成績に反映されている可能性は Peal & Lambert も認めている。しかし、この研究がもたらした貢献は甚大で、その後のバイリンガル研究に於けるsamplingの過程での慎重さを促す契機となった。
Peal & Lambert (1962)以降の研究でも、同じ様な結果が報告されている。これらを受けて、今度は、バイリンガリズムが認知発達に与える効果又は影響に関する研究が進んだ。Leopold (1961) は、バイリンガリズムが音と意味を分離させることを早め、そのことにより言語が持つ恣意的特性に早い時期から気付くことができ、それが抽象的レべルの思考を促進することになると述べている。この考えを受けて、Ianco-Worrall (1972) が実験を行ったところ、semantic-phonetic preference test (meaning vs. sound) では、バイリンガルの子供の方が、より意味(meaning)に基づいて言葉を選んだ。(意味の次元で言葉を扱う能力の方が、音を基に言葉を比べる能力より高度であると考えられている。)そして、物体の名前は基本的に変え得るものであると、モノリンガルの子供たちからは得られなかった見方も示した。
このような、バイリンガリズムが認知発達に与える効果の研究を経て、metalinguistic awareness(メタ言語認知)への関心が高まった。Metalinguistic awareness とは、客観的に linguistic output を分析する能力のことで、Cummins (1978)は、バイリンガリズムが言葉の音と意味の早い時期での分離を促進させるので、バイリンガルの子供たちはより早い時期に言語の構造的性質を分析する能力を身に付けることが出来ると述べている。Vygotsky (1935/1962) も、バイリンガルの子供たちは同じ考えを異なった言語で表わすことができるので、彼等は、使用言語を単なる一つのシステムとして捉え、言語操作をより意識的に行うことが出来ると言っている。この metalinguistic awareness は、Cummins(1978) の研究で実証されており、バイリンガルの子供たちは、より"Cognitively flexible" (認知的に柔軟)であるという見解を生んだ。"Cognitively flexible" ということが正確にどういうことを意味するのか、その説明と理解は完全ではないが、Balkan(1970)、Ben-Zeev(1977)、そして Bain & Yu (1980)らの研究から、バイリンガルに見られる柔軟性は言語を使い分ける能力から生じたと考えられる
これまでの研究は、方法論的に完全にコントロールされた状況下で行われたものではない。筆者らは、理想的なデザインとして、1)無作為抽出法で得られた被験者をコントロール群又は実験群に無作為に振り分けること、そしてdouble-blind procedure をとることを挙げている。しかし実際には、1)の方法で選ばれた子供たちをバイリンガルな又はモノリンガルな環境で育てるという操作は行えないので、解決策として、1)within study (同じバイリンガル群に位置する被験者同士で比較する)と2)longitudinal study(縦断的研究)を挙げている。この二つの研究デザインをとることにより、バイリンガリズムの度合と認知的柔軟性との関わり、そして言語と認知の因果関係の方向性を明らかにすることが出来るとして、筆者らは以下に紹介する研究に取り組んだ。
筆者らは、L1(第一言語)に関する変数をコントロールした上で、同じL1レベルに位置する者でL2(第二言語)の能力が異なる者を比べることにより、バイリンガリズムの度合が認知能力と関係あるかどうかを判定することが出来ると仮定した。調査には、4歳から8歳までの123人(平均年齢6歳)が抽出された。彼等は、スペイン語を主言語とする子供たちが入っているBilingual Education Program に参加していた。能力判定は二度に渡って行われ、二度目は6ヵ月後に行われた。結果は、SES をコントロールしても、バイリンガリズムの度合と非言語認知能力との間に有意な関係が認められた。言語と認知の因果関係の方向性に関しては、longitudinal study の二度に渡るテスト結果から、バイリンガリズムが認知能力の発達に影響を与える要因であるとの見解の方がその逆よりもデータと一致することが明らかになった。
このように、バイリンガリズムが認知能力の発達を促すという事実は認められたが、どのように影響を与えるのかという解説に当たっては不明のままである。又、一口にバイリンガリズムとは言っても定義に不明な部分もあり、additive vs. subtractive bilingualism (Lambert, 1978; Lamberst & Taylor, 1981) のように、バイリンガリズムの性質上の区別をすることが重要になってくる。Additiveの場合は、第一言語に加えて第二言語を習得する形になるので、balanced bilingualism の誕生となるが、subtractive の場合は、第二言語が徐々に第一言語にとって変わるので、第一言語の喪失に繋がる。Cummins (1976) によるとバイリンガリズムによる正(プラス)の効果を示した研究は、additive bilingualism の状況下で行われたものである。このことから、Cummins はバイリンガリズムによる正の効果を得るためには、L1, L2 の能力がある一定の臨界レべルを超えなければいけないという仮説を導き出した。筆者らの研究に参加した子供たちも additive bilingualに位置付けられる。
残念なことに、アメリカのbilingual education政策は、subtractiveの方向性を帯びており、子供たちを主流言語のモノリンガルとして育成するためのtransitional(移行的)教育に重点を置いている。バイリンガルの認知発達に関する研究は、学術的な意義に加えて、子供のバイリンガル教育に関する社会が執る政策に影響を与える重要なdata baseの役割も担っていると、筆者らは信じて研究に従事している。