文献要約

Cambridge University Press, 1989,  pp.1-324, 
"BILINGUALITY AND BILINGUALISM"
Josiane F.Hamers / Michel H.A.Blanc

バイリンガリティとバイリンガリズム
J. F. ハマース / M. ブランク

<概要>

 1983年ブリュッセルで、フランス語版が刊行された。本書は、その英語版であるが、純粋な翻訳というわけではなく、章立てを初めとして、いくつかの改訂が施されている。

 表題の「バイリンガリティ」と「バイリンガリズム」についてだが、前者のバイリンガリティとは、コミュニケーションの手段として複数の言語コードを持つ個人の心理学的な状態について言及したものであり、後者のバイリンガリズムとは、個人的な面に加えて、個人と個人の間の、そして社会的な二重言語使用を含む、より広い概念である。

 J.カミンズは、書評の中で、過去10年の間に、バイリンガルや第二言語学習に関する多くの著書や雑誌が刊行されたが、それらの中でも、本書は言語接触(language in contact)を三つの領域、即ち個人の言語行動(individual)、個人と個人の関係(inter-personal)、グループ相互の言語の役割(intergroup)の三領域から、多角的に取り扱っている点で、ユニークな存在であると評価している。

 三領域はそれぞれが心理学的、社会心理学的、社会学的な視点から捉えられており、全体的に学際的な、理論的な統合がなされているが、こうした本書の性格は、二人の著者の経歴に負うところが大きい。J.ハマースは行動科学、実験心理学を専攻し、M.ブラックは彼自身がバイリンガルであり、心理言語学、社会言語学、民族誌学に精通し、教師として第二言語を教えた経験を持っている。  さて、章立てについてだが、本書は前半の七章と後半の三章とに分けることができる。前半は、バイリンガルの機能や開発についての、認知的かつ社会的な問題と関連する理論モデルや研究データを分析したもので、後半は、バイリンガル教育、第二言語習得、通訳、翻訳など、実際の言語接触の問題に焦点をあてたものである。いずれの場合も、著者の関心は、二言語話者の心理学的な、社会学的な側面に向けられており、二つないしは、それ以上の言語が接触する時の、言語行動の普遍的な特質を見極めることをねらいとしている。

 次に、各章の概要について、いま少し言及しておくと、まず第一章では、その後の議論のために有効な多くの定義(definition)が提出される。「バイリンガリティ」と「バイリンガル」の違いについても論じられている。続いて二章と三章とでは、バイリンガルの発達の社会的で、心理学的な基盤について扱う。特に三章では、言語行動の性質や発達について分析し、社会的なネットワークや社会化の役割を力説する。バイリンガルの発達の社会的、認知的なモデルも提示されている。カミンズは、本書の中でこの第三章が最もすぐれていると述べている。ここでは、1980年のミルロイ(Milroy)の社会的なネットワーク理論、1985年のBialystokとRyanの認知範囲のモデル、1974年のランバート(Lambert)の加算的なバイリンガリズムと減算的なバイリンガリズムの理論を踏まえている。二つの言語が社会的に安定すると、バイリンガリティの加算的な形は積極的な認知を伴って進行するが、子供の母語の価値の減少は、認知的な発達の遅れやバイリンガリティの減算的な形の原因になっているという。

 続く第四章では、バイリンガルの情報処理の過程に関係がある心理学的なメカニズムについて検討し、バイリンガルの非言語行動についても再検討を行う。ここでは、PaivioとDesrochers(1980)の学説が紹介されている。彼らは、心象は言語による記憶(verbal memory)にとって重要な構成要素であるとしているが、本書の執筆者のハマーとブランクは、意味論的な記憶が言語的な特質(language-specific)であるという考え方には反対である。第五章では、多文化という環境におけるカルチャーやアイデンティティと、言語行動との間の関係について検討する。六章では、個人と個人の間のインターアクション、文化間のコミュニケーションの問題について言及する。調和のとれたバイリンガリティのためには、言語と民族言語学的なコミュニティの双方を進化させることで、価値を安定させることが必要であると述べている。第二、第三世代のマイノリティの子供たちは、マイノリティ・コミュニティよりも、むしろマジョリティ・コミュニティと強い一体感を持つが、これは第一言語の民族言語学的なコミュニティとの一体感と、第二言語のコミュニティとの一体感の間には、強い相関関係が仮定されるという社会文化的な相互依存の仮説と矛盾している。七章では、焦点が個人間から離れ、多文化主義とグループ間(intergroup)の関係について、社会言語学や社会心理学の立場から論じる。筆者は、「言語とは単なるグループ間の、或いはグループ内の関係の反映であるだけではなく、これらの関係を限定する上で、創造する上で、維持し、あるいは変質させる上で、力のある要素なのである」と述べている。

 八章以降は、いわばバイリンガル理論の応用であり、八章では、言語計画(language planning)や識字の伸長、マジョリティ或いはマイノリティの子供のための、そしてコミュニティのためのバイリンガル教育、二方言教育(bidialectal education)など、教育的な問題について再考する。筆者は、1985年のイギリスのスワン・リポート(Swann Report)は、母語指導やバイリンガル教育についての研究データーを完全に誤って解釈したとしている。筆者はまた、「マジョリティの子供のためのプログラムとは違って、マイノリティの子供のためのプログラムは機能的なバイリンガリティを目的としていない」と主張しているが、カミンズは筆者の主張の中には、やや一般化しすぎているものもあるとしている。九章では、第二言語学習や教授法学(teaching methodology)の基盤となる心理言語学の基礎を分析する。ここでは、第二言語の習得過程と第一言語の習得過程とが比較されて論じられている。十章では、バイリンガルの能力を必要とする通訳や翻訳について分析されている。  以上が本書の概要であるが、カミンズは、本書は幅広い研究と理論をバランス良く網羅し、統合し、研究者の有効なレファレンスブックとして、学生のテキストブックとして最適であるとしている。

参考:BOOK REVIEW, Language & Education Vol.3,1989, PP.213-216


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