教育心理学研究第38巻第2号 1990年 pp.205-212 「二言語併用児の言語干渉に関する研究−朝鮮学校の生徒・学生の場合−」 金 徳龍
日本語を第一言語とし、朝鮮語を第二言語として学ぶ、日本生まれの3〜4世の在日朝鮮人子女について、朝鮮語と日本語との言語干渉を観察することによって、二つの言語の相互的な反応の競合の程度をとらえようとした調査データ。
方法としては、バイリンガルの習得された言語の独立性と依存性の程度を調べるのに適当な、芳賀純(1979/84)が使用した色彩命名テスト(color-naming test)を朝鮮語と日本語に再構成して用いた。色彩命名テストとは、色彩名とは異なる色彩で示されているカード(例:赤色で「あお」と示す)を用いて、色の命名に要する時間を測定する方法。被験者は、「朝・日語彙理解力テスト」(金、1988)の被験者965名の中から任意に選んだ初級部(小学校)4年から朝鮮大学校3年までの85名の在日朝鮮人子女であり、比較として、日本の大学生、在日南朝鮮留学生のデータ(芳賀、1979)も利用した。テストは、1988年6月から7月にかけて、各学校で個人面談形式でおこなった。
「言語/色彩」値とは、各被験者の第一言語(日本語)の色彩カードを言うのに要した時間を100として、それを基準に計算した第二言語(朝鮮語)の色彩カードを言うのに要した時間の値であるが、この値が小さいほど、第二言語の習熟度が相対的に高いということになる。
民族教育の年数が1年3か月という被験者たちの「言語/色彩」値は他の年数別被験者のそれぞれの値よりも高く、本来的な意味でのバイリンガルではなく、第二言語「使用者」という側面の方が強いと思われる。
また、第二言語の習得年数が同じであっても、その言語の習得を開始した年齢が異なれば、「言語/色彩」値も異なる。例えば、初級部6年と朝鮮学校2年の被験者たちは、ほぼ同年数(7年)の民族教育を受けていたが、「言語/色彩」値は、初級部の被験者たちの方が相対的に小さい値であった。
つまり、第二言語の習得年数よりもその言語の習得開始期に関する事柄の方が、バイリンガルの発達的な規定要因としては重要であり、同じ年数であっても、その習得開始期が初期であるほど第二言語の習得度は高くなっているということである。
言語内干渉・言語間干渉については、朝鮮語刺激−朝鮮語反応、日本語刺激−日本語反応のような刺激と反応が同一言語からなるテストをおこなった。本研究の被験者の場合、言語内干渉が言語間干渉よりも相対的に大きく、第二言語の習得の度合いが第一言語に比べて相対的に低い水準にあることを示した。つまり日本語が第一言語であるということである。
言語間干渉については、反応言語が朝鮮語の場合に反応時間が大になるという傾向が、初級部全体と高級部において見られた。しかし、中級部と大学の場合は、これとは逆の現象を示した。
二言語併用過程での朝・日両言語間の「依存度」は、習得された言語間に同じ水準で現れるのではなく、どちらか一方が「優位言語」として作用する。異なる年齢と場面で習得された二つの言語の併用者である民族教育を受ける在日朝鮮人子女の言語間干渉の度合いは、それほど大きなものではない。二言語併用過程で言語干渉を規定する要因は、第二言語の習得年数よりもその言語を習得しはじめた年齢が相対的に重要である。