国土社 1992年5月 pp.1-226 『ホール・ランゲージ』 (副題;言葉と子どもと学習/米国の言語教育運動) 桑原 隆
ホール・ランゲージ(Whole Language)という熟語が、アメリカやカナダをはじめとする英語圏で広く使われ始めたのは、1980年前後のことである。アリゾナ大学のケネス・S・グッドマン(Kenneth S. Goodman)並びにイェッタ・M・グッドマン(Yetta M.Goodman)は、1981年に「ホール・ランゲージの理解中心の読みのブログラム」という論文を発表している。
『ホール・ランケージ』は二部構成となっており、第1部ではホール・ランケージに関して筆者が文部省在外研究員として滞米中に見聞したことをまとめたものであり、第2部では読みの専門家であり、ミスキュー(読みのつまずき)の研究家でもあるグッドマン夫妻の論文“Whole Language Research ; Foundation and Development"及び“Roots of theWhole Language Movement"(The Elementary School Journal,Vol.90 The University ofChicago, Nov.1989)の日本語訳を掲載した。
ホール・ランゲージの「ホール」とは、「分割されない」「統合化や統一化」という意味である。児童中心の自然な言語教育を重視し、言語が使われる実際的状況や目的、機能、さらには学習者自身の問題等を全体的に捉えようとする。ホール・ランゲージは、哲学者のデューイ、認識論者のピアジェ、心理学者のヴィゴツキー、言語学者のハリディの言語観や児童観を理論的な基盤としている。ホール・ランゲージのクラスでは、学習者中心主義のカリキュラムが重んじられ、総合的な単元が試みられている。即ち、数週間にわたるテーマ単元(thematic units)が計画され、社会科、理科、言語、算数、芸術といった領域が統合される。教材としては、ビッグ・ブック(大型の絵本)やプレディクタブル・ブック(予測し易い本)、作文指導のためのポートフォリオー(紙ばさみ)、箱入りのセット本などがあり、その他に、生徒の必要や要求にあった本物の現実世界の教材資料を教師自らが集めていくことになる。
ホール・ランゲージは個々の児童の発達や興味、実際の現実の場に即したauthentic writingやauthentic readingを重視するので、従ってベイサルリーダーや標準テストは否定される。ホール・ランゲージでは、読むこと、書くこと、話すこと、聞くことは別々に教育されるのではなく、統合して行われる。なかでも、読みの力やリテラシーの伸長に力点が置かれており、インベンテッド・スペリング(invented spelling、子どもが創意工夫した綴り)や本作り、読書指導なども非常に重視される。また、ホール・ランゲージの評価は、単元や授業の終わりにのみ行うのではなく、キッズ・ウォッチングを通して子どもの学習や活動を観察し、記録を取り、かつ自己評価させることも大切である。これは子どもが自立した学習者に育っていくことを究極の目標としているからである。 ホール・ランゲージの考え方は、日本の大村はまの「単元学習の実践」、倉澤栄吉の「脱教科書論」「子どもの側からの発想」「単元学習論」や単元学習とも多くの類似性をを持っている。もともとはアメリカの国語教育の現場から起こってきた草の根運動だが、近年の第二言語学習理論とも多くの接点が認められるように思われる。