文献要約

TESOL QUARTERLY, Vol.13-No.14, 
December 1979, pp.521-534
 " The Effects of Program Models on Language Acquisition 
 by Spanish Speaking Children"
Dorothy Legarreta
  
スペイン語話者の子供たちの
言語習得におけるプログラムモデルの効果について
ドロシー・レガレッタ

<概略>

 当時、流行していたオーディオ・リンガル・メソッドに批判的で、子供と大人の言語習得の違いを踏まえた上で、スペイン語を母語とする幼稚園児による、スペイン語の習得と保持(maintenance)に関する、五つの異なるプログラムモデルの効果について調査報告したもの。

<内容>

 ●研究の背景
 英語を母語としない子供たちの英語習得と、ホームランゲージの保持の双方を促進する効果的なカリキュラムモデルについての研究が不足している。ドリルや対話文(dialog)を真似て、覚えるまで繰り返すオーディオ・リンガル・メソッドは、成人の外国語学習者のためのものであり、その効果のほどを証明する経験主義的な証拠はほとんどなく、最近では言語学者からも批判を浴びている。子供にとって、L1とL2の言語習得は、コミュニケーション上の必要性からもたらされるもので、大人たちのように訓練されるというよりは、様々な場面(context)における自然なインプットに基づいて仮の文法を生み出すことで、子供は言語の構造(structure)を導き出す。

 ●研究対象
 調査対象の子供たちは、五歳の幼稚園児で、スペイン語を母語とする。1974年10月に80名の幼児をプレテストし、そのうちの52名について、1975年4月に再テスト(post-tested)をして、その伸長の度合いを見た。

 ●五つのプログラムモデル
 モノリンガルのスペイン語話者の幼稚園児に対して、会話英語(oral English)の習得を促進するために、西海岸の大都市で広く行われているプログラムモデルの効果を比較した。

グループ1: 伝統的な方法(traditional method)による。
スペイン語を母語とする子供たちは、ネイティブスピーカーたちと
同じクラスに入れられ、通常のカリキュラムに従って教育を受ける。
教室内の言語は英語のみである。ESLの授業はない。
グループ2: 伝統的な方法によるが、家庭でスペイン語を話している子供たちのために、
毎日ESLの授業がある。ただし、教室内の言語は英語のみである。
グループ3A: 英語とスペイン語の間での同時的な言語変換(concurrent translation)
を用いた、バイリンガル・メソッドによる。
スタッフはバイリンガルで、教室の環境もバイカルチャーである。
ESLの授業はない。
グループ3B: 相互のイマージョン・アプローチ(alternate immersion approach)
を用いたバイリンガル・メソッドによる。カリキュラムの内容と概念は、
一日の半分はスペイン語で、残りの半分は英語で提出される。
ただし、同じ教材を重複して扱うことはない。スタッフはバイリンガルで、
教室の環境もバイカルチャーである。ESLの授業はない。
グループ4: バイリンガル・メソッドに、上記のグループ2のESL授業と、
グループ3Aの同時的な言語変換を取り入れたもの。
スタッフはバイリンガルで、教室内の環境もバイカルチャーである。

 ただし、インターアクションを分析したデータによると、相互のイマージョン・アプローチでは、スペイン語と英語の言語使用の割合は50%ずつで均衡が取れているが、同時的な言語変換アプローチでは、スペイン語が28%、英語が72%と不均衡である。

 ●調査項目(research question)
 この研究をするにあたっての調査項目は、以下の通りである。

  1. バイリンガル・メソッドの子供たちと、英語だけで教育を受けている子供たちとは、同じようなオーラル・イングリッシュの理解力(comprehension)と産出力(production)を持っているのか。
  2. スペイン語の理解力と産出力について、バイリンガル・メソッドと伝統的な方法とのそれぞれの効果は何か。
  3. オーラル・イングリッシュの理解力と産出力について、伝統的なプログラムにおけるESLの効果は何か。
  4. オーラル・イングリッシュの理解力と産出力について、バイリンガルプログラムにおける効果は何か。
  5. 伝統的であれ、バイリンガルであれ、教育を受けた後の子供たちは、家庭で、学校で、街で、英語を使用する機会が増えるのか。
  6. バイリンガル・メソッドと伝統的な方法のどちらが、英語による或いはスペイン語によるコミュニケーション能力を高めるのか。

 ●測定方法(Instruments)
  1. スペイン語の支配(dominance)については、教師の指摘(recommedation)と、 Language Use Questionnaire(Cohen,1973)のスペイン語版と、プレテストのバッテリー(総合テスト、battery)とを総合して評価した。
  2. 認知機能(cognitive function)については、プレテストの段階で、ノンバーバルのProgressive Matrices(Raven, 1959)のスペイン語版を用いた。
  3. 測定基準(Criterion Measures)についてだが、プレテストと再テスト(posttest)の段階で、次の四つの測定を行うバッテリーがなされた。
    1. Revised Interamerican Oral Language Comprehension Test(英語とスペイン語) による、英語とスペイン語の会話理解力の測定。
    2. Naming by Domain(Fishman, Cooperなど、1971)による、英語とスペイン語の語 彙のテスト。
    3. Story Retelling Task(John and Berney, 1969)による、英語とスペイン語の産 出力(production)の評価。  
    4. コミュニケーション能力(communicative competence)を測定するために、Two Person Communication Game(Bruck, 1972)を用いた。
 なお、テストは通常の教室の後ろや、カフェテリア、中庭など、子供たちにとって馴染みのある場所で行われた。テストの最中には、ピーナツやレーズン、チョコレートチップなどが配られる。試験官(the peer testers)は、テストが始まる前に子供たちと遊び、自然な感じでテストタスクに近づいていく。テストが行われている間は、言語間のスイッチングは行わなかった。特に、コミュニケーション能力を測定するテストでは、子供たちに試験官は英語しか、或いはスペイン語しか話せないと思わせておいた方が、発話の機会が増えるように感じられた。

●調査結果
 3Bのような均衡の取れたバイリンガルモデルは、不均衡な3Aのようなモデルに比べて、英語の会話の理解力(oral comprehension)や、スペイン語と英語の双方によるコミュニケーション能力において、最も伸長(gains)の度合いが勝っていた。
 3A、3B、4のようなバイリンガルのグループと、1や2のような英語のみの伝統的なやり方のグループとでは、前者の方が英語による会話の理解力において著しい伸びを見せていた。
 2と4のようなオーディオ・リンガルのESLのトレーニングは、英語の初歩的な理解力(initial comprehension)が明らかに劣っている子供にとっては効果的であったが、英語によるコミュニケーション能力については、ESLなしのグループの方が促進された。 基本的な英語の語彙の理解のような受容的な理解力は、オーディオ・リンガルのESLによって促進されるかもしれないが、より複雑な、実際のコミュニケーションの場面における英語力を身につける上では効果的ではない。
 家庭におけるスペイン語の語彙の伸長については、ESLなしの1や3A、3Bのグループの方が、ESLのあるグループよりも勝っていた。
 3Bのような均衡のとれたバイリンガル教育の子供たちは、不均衡なグループの子供たちよりも、スペイン語のコミュニケーション能力において、高い伸びを示した。

●結論
 全般的に、英語とスペイン語の双方によるコミュニケーション能力や、英語の会話理解力については、グループ3BのようなESLの無い、両言語の使用の均衡がとれたバイリンガル・メソッドが、また、バイリンガルのクラスの方が、英語のみの伝統的な教育より、英語の会話理解力において、それぞれ大きな伸びを示していた。
 オーディオ・リンガルESLの使用は、英語の理解力のないヒスパニックの子供たちの会話理解力を高めはするが、オーディオ・リンガルESLを使用しない場合のほうが、より複雑なコミュニケーション能力は高められる。
 3Bのような環境にあっては、子供たちは母語を保持しながら、彼らが耳にする英語をコンテクストの中で解明し、理解し、使用可能なように学んでいるが、3Aや4のような環境においては、教師はすべての概念を両方の言語で繰り返すので、子供たちは英語をやめて、スペイン語の説明が繰り返されるのを待っているという。そのため、英語の理解力やコミュニケーション能力が3Bの子供たちに比べて劣っている。
 伝統的なオーディオ・リンガルのESLは最低限の伸びを保証することはできるが、やはり、相互のイマージョン・バイリンガルプログラム(alternate immersion bilingual)は、均衡の取れたスペイン語と英語のインプットを持ち、両言語の習得に最も効果的であると言える。


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