教育学研究集録第15集 1991年 pp.69-77 「中国帰国生徒の異文化適応に関する一考察」 周 飛帆
中国帰国生徒が異文化社会にどのように適応していくのかに関するインタビュー(面接)調査。なお、中国帰国生徒とは、1891年より開始された中国残留日本人孤児の肉親探し調査以来、日本に帰国した残留孤児とともに、渡日したその子弟を指している。
中国帰国生徒は中国を故郷と思って育ってきており、帰国動機が希薄で、「家族が帰国したから」という理由が8割を占めている。彼らにとっての帰国は、親の望郷の念に引きずられて、やむなく異郷の地に移住するという、明確な意志のない受動的なものでしかない。「お母さんと離れたくなかった。友達と別れるのは辛かった」(18歳、女)「言葉も通じなく、習慣も違い、友達もいない。つまらないです」(13歳、男)などの回答が寄せられている。
まず、国籍についてだが、日本と答えた者が55名、中国と答えた者が57名、無回答が1名の合計113名であった。中国と答えた57名の者のうち、日本国籍を取得する意志がある者は28名、無しが7名、決めていないが20名、無回答が2名であった。また、「あなたは、自分が何国人だと思っているか」という質問に対しては、日本人が5名、中国人35名、中国人と日本人の両方が50名、わからないが22名、無回答が1名であった。「両方」と「わからない」を合わせると72名(63.7%)に達し、彼らの自己規定が中国人と日本人との間で揺れ動いていることがわかる。「国籍が変わっても中国人だと思うが、ただ中国語を忘れたら、中国人と言えるかどうか。中国語を使うと何だか恥ずかしいというときもある。いまの生活は神経を使う」(18歳、男)といった回答が寄せられている。
中国帰国生徒に対しては、日本社会の同化を強いる圧力が、有形無形の形で加えられている。時には、「中国人は汚い、臭い」という言葉が投げられたり、経済的な格差から「残留こじき」と蔑称されたりもしている。ある日本人生徒からは「中国人だけでグループを作っていることは良いことではない。早く日本人になってもらいたい」(15歳、女)という回答が寄せられている。これに対して、中国帰国生徒は、日本的な価値観の中で自らをネガティブな存在と位置づけたり、日本人以上に日本人になろうと努力したりする。
帰国生徒の日本化がスムーズにおこなわれた場合、親子間でのコミュニケーションの喪失という問題が新たに生じてくる。中国帰国生徒の言語使用状況を調べてみると、両親とは主に中国語だが、兄弟や中国の友人との会話になると、日本語や日本語と中国語を併用する割合が増えてくる。帰国生徒の家庭において、親子間のコミュニケーションは、ほとんど異文化間コミュニケーションに近い状態にあるといえる。