The Canadian Modern Language Review Vol.32 No.3
H.H.Stern
Optimal Age:Myth or Reality?

《要旨》

 「神話と現実」(“Myth and Realities.”)というテ−マが与えられた筆者の講演の内容である。まず、この文脈において「神話」とは悪い意味で、その幻想は私たちが現実に直面するためには捨てるべきものであると言っている。我々の考えをあいまいにする神話や幻想とは何なのか?我々が直面する現実とは何なのか?というような、いま世間で言われているバイリンガリズムについての「神話」と、その期待を単純には満たさない言語教育現場の「現実」との間にある矛盾について述べられている。

・神話と現実について

 他人の考えを、「神話」「幻想」或いは「見当違いの期待」等と呼び、自分たちの考えを、「分別のある」「現実的」或いは「実際的」等と呼ぶことは話し合いの本質にはならないということに十分注意しなければならない。ある人にとっての「神話」はまた違う人にとっての「現実」であり、これらの感情的な用語を用いては問題解決にはたどりつけないのである。

・The Optimal Age Issue(第2言語学習の最適年令の問題)

 第2言語についての早期教育の要求はしばしば、「早期教育をすればバイリンガルになれる」という神話を信じていることからきている。
 近年、イギリスにおけるNFER(National Foundation for Education Research)の副理事であるClare Burstall率いるイギリスのチ−ムの重要な研究が出現したせいもあり、これらの問題が再浮上してきたのである。次に、その中でもとくに重要な部分を手短に説明する。
 伝統的に第2言語教育は、この1世紀近く、中等教育においては受け入れられ、安定した位置にあった。一方、初等教育においては母語によってのみ教育が行なわれてきた。しかし中等教育からのそういった言語教育の結果はけしてめざましい成功をおさめたわけではなく、教師や卒業していった生徒たちからは批判的な声もしばしば聞かれるものであった。そのような背景から、この2〜30年間、本質的な改善策を模索して様々な方法を試みてきたのである。例えば、教育方法や目的を根本的に変えることである。60年代にオ−ディオリンガルアプロ−チが流行したが、最近では批判的に見られてい る。また、第2言語の教育開始年令を、初等教育からとして、大幅に引き下げたことであり、それはこの20年間、学校における言語教育の変革の柱となっている。現在では様々な国の教育システムの一環として第2言語教育が行なわれていることであろう。

・The British Pilot Scheme

 多くの人が、早期教育が第2言語学習にとって「いちばん良い」時期だと思っていた。50年代初頭にカナダの有名な神経科医、Wilder Penfieldが2、3の記事と「Speech and Brain-Mechanisms」でそう主張したためであろう。しかしこれは科学的な調査結果にもとづいたものではなく、彼自身の考えと心理学的な所見であったのにすぎなかった。
 NFERの報告にもとづいたイギリスでの試みは慎重に計画され、1963-4年から始められ10年にもわたって行なわれたものであった。イギリスの初等教育にフランス語を導入するという試験的な試みは、様々な機関と言語教育に関わる人材が一体となり、125校の小学校が参加する運びとなった。NFERによる「French from Eight:A National Experiment(1968)」及び「French in the Primary School:Attitudes and Achievement(1970)」にその中間報告がなされ、最終的なものとしては「Primary French in the Balance」でその10年間の試みの評価がされている。
 この調査団の長であるDr.Burstallによると男子より女子の方が優れていることや、都会の小学校より小さな田舎の小学校の方が良い結果が出ていること、最初の段階での成功や失敗が後の成績に影響することなどが報告されているが、ここでの論点と最も深く関係してくるのは、最適年令と早期教育の長期的な効果の問題である。イギリスの報告では16才の生徒を調査した結果、8才からフランス語をはじめても11才からはじめてもリスニングをのぞいては、ほとんど差異はないことが判明したのである。

・Canadian Experience

 以上のようなNFERの報告はカナダの教育者たちに大きな波紋をよんだ。なぜならカナダでは、フランス語教育を小学校から始めようとする動きが活発になりつつあり、全国に広めようとしている矢先だったので、水をさす形となったからである。しかしカナダではさらに様々な形での実験が行なわれた。幼稚園児から中学3年生までを対象として、1日に30分、或いは40分、60分、90分、半日、1日中とフランス語を使う時間を設定したり、外国語としてフランス語を学習させたり他の教科をフランス語で学習させたりという教育を試みたのである。その結果、予算に対して最も効率の良い言語学習の期間や方法を模索することが今後の課題として追求すべき問題となったのである。

・The Gillin Report

 これまでの研究よりもさらに明確な目標を掲げたのがこのGillin Reportであり、バイリンガリズムを3段階に分類している。まず、第1段階としての基礎的能力は、フランス語話者や文化についての最小限の知識を備えていて、フランス語と英語が公用語であるところで生活出来る程度。次の段階では、フランス語の運用能力として基本的な読み書きやコミュニケ−ションのための実用的なフランス語が使いこなせる程度。トップレベルとしては、ネイティブスピ−カ−に近いバイリンガルであることで、このレベルに達する迄にはイマ−ジョン教育やバイリンガル教育が必要であるとしている。
 早期教育が期待されていた程効果的でないという結果をふまえて、イギリスは早期教育に対し消極的になり、カナダではより様々な試みがなされてきた。今後は、これらの解釈の違いについてもっと論議されるべきであろう。


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